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企業内キャリア支援のリアル Case3
塩野義製薬株式会社

人的資本経営を「実装」する
キャリアは個人が考えデザインしていくもの

塩野義製薬株式会社様 インタビュー

「人的資本経営」を掲げる企業は増えました。しかし、その言葉を従業員一人ひとりの日常にまで届けられている企業は、どれほどあるでしょうか。塩野義製薬株式会社は、人的資本を経営の重要な課題として位置付け、自律と責任を促す人材戦略を推進しています。 SHIONOGIグループが求める人材像(SHIONOGI Way)の体現に向けたキャリア支援では、「全従業員が自らのキャリア形成を考える」環境づくりを進めています。語り手は、ともにキャリアコンサルタントの資格を持つ、人事部の福田陽介様と浅沼志保様。マネジャー向け研修と全従業員向けeラーニングを軸にCCAが伴走した取り組みの軌跡と、今後の展望について伺いました。

インタビュー協力者
福田 陽介(ふくだ ようすけ) 様
福田 陽介(ふくだ ようすけ) 様
塩野義製薬株式会社 経営戦略本部 人事部 労政・キャリア支援グループ長。キャリアコンサルタント。入社後、営業部門・人事部門を経て、現在はキャリア支援や労務関連業務を担う。
浅沼 志保(あさぬま しほ) 様
浅沼 志保(あさぬま しほ) 様
塩野義製薬株式会社 経営戦略本部 人事部 キャリアコンサルタント。MR(医薬情報担当者)として入社し、2022年より人事部門へ。キャリア支援担当を経て、現在は採用を担当。

※役職は取材時点のものです。

CCAがご支援した主な取り組み
1社内キャリアアドバイザーの育成・質向上支援(2023年度)
2マネジャー向けeラーニングの企画制作(2024年度、2025年度)
3ベテラン層向け キャリア研修(希望制)の実施(2024年度)
4全従業員向けキャリア教育eラーニングのコンテンツ提供(2025年度)

「言われて考える」から「いつでも考えられる」へ

どのような経緯を経て、今のキャリア支援があるのでしょうか。

福田様:塩野義製薬を含めたSHIONOGIグループでは、キャリア開発を「個人が自身の強みを活かして、SHIONOGIや社会へいかに貢献できるかを考えながら、自分らしい働き方を実現し、仕事を通して個人の成長と組織の成長を結び付けていくこと」と捉えています。その考えに基づいて、キャリアデザインシート「未来予想図」(注1)の運用や、各種キャリア研修等、従業員の一人ひとりのキャリア支援に取り組んできました。過去、キャリア支援を本格化するときには、花田光世先生(現 慶応義塾大学名誉教授)にもご指導を受けながら進めてきた歴史もあります。具体的には階層別キャリア研修や社内キャリアコンサルタントの活用などを推進してきました。キャリアステージごとにキャリア研修へ参加いただくことで、一定の効果は得られたと思います。ただ、皆さん仕事そのものには真摯に取り組まれている一方で、キャリアという文脈では、これまでの取り組みを昇華させながら、自分の将来に対し、いまの強み・価値観を棚卸し、主体的にキャリアを考える機会を、効果的に提供していく必要があると考えていました。

(注1)「未来予想図」は、塩野義製薬が運用するキャリアデザインシートの名称です。

浅沼様は人事のお立場から、どんなギャップを感じていましたか。

浅沼様:私自身は研修が好きだったので、従業員も研修をポジティブに捉えてくれている、という期待がありました。でも実際は、目の前の仕事に追われて、研修や人事施策を前向きに受け止めてくれる方ばかりではないという点は、大きなギャップでしたね。

施策はあるのに、動かない。

浅沼様:研修をすることで、担当者としては「やった感」があり、受けた側にも「受けた感」はある。でも、それで一人ひとりが行動変容をし、キャリアが前に進むかどうかは、別の話なんです。

転機はいつ頃だったのでしょう。

福田様:私がキャリア支援の担当になった、5年ほど前です。キャリアを考える環境は整備されつつあったものの、「研修があるのでキャリアを考える」のではなくて、キャリアは従業員一人ひとりのものであり、正解や不正解にとらわれず、自分でデザインしていくものだと考えています。いわゆるキャリアオーナーシップです。その考えに基づき、自らキャリアを考えたいと思ったときに、いつでも、誰もが考えられる環境をさらに整備していきたい。そこからスタートしました。

同時に、エンゲージメントサーベイの結果から、従業員の主体的なキャリア形成に対する意識に課題感がありました。どのような支援なら効果的なのか、ずっと考えていました。

塩野義製薬株式会社様 インタビューの様子

人的資本経営の中に、キャリアを位置づける

統合報告書2026でも人材を企業価値創造の源泉である「人的資本」と位置付け、経営戦略と人的資本戦略を連動させた取り組みが紹介されています。キャリア支援も、その文脈にあるのでしょうか。

福田様:はい。戦略的な人材活用を実現することで事業の要請に応え、会社の成長を牽引していく。そのために、採用、育成、配置、制度、働き方などへの継続的な投資を通じて従業員一人ひとりの成長や挑戦を支え、企業価値の向上に結びつける必要があります。

その中で、従業員の主体的なキャリア形成は、どの施策にも関連する「ベース」になるものです。だからこそ、キャリア支援が単独で走るのではなく、人事制度や施策と一体化するものであり、その連動を強く意識しながら取り組んでいます。

制度との連動では、どのような課題が見えていましたか。

福田様:当社の人事制度は「チャレンジ」「やりがい」「働きやすさ」をコンセプトにしています。 「チャレンジ」には年齢によらず挑戦できるように、という思いが、「やりがい」には自分の立ち位置を適切に把握したうえで、なりたい姿とのギャップを捉え、果敢に高い目標に挑戦してほしい、というメッセージが込められています。この「やりがい」のニュアンスは、世の中の使われ方と少し違う、当社ならではのもの。チャレンジし、やりがいを持って働く。そのためには、業務の目標達成に向けた取り組みに加え、その前提には、自分の強みや価値観、将来を主体的に考える機会も必要だと考えます。業務経験と主体的なキャリア形成、そこがまだつながり切っていない。これらを考える機会を提供したいと考えていました。

あわせて、現在の人事制度の導入時から「人材育成方針」を従業員に伝えています。自分の成長は自分で責任を持つ。上司にはそれを支援する責任があり、会社には機会を提供する責任がある。この方針に立ったとき、従業員のいちばん近くにいるマネジャーに、キャリアの観点から協力者(注2)を支援していただく取り組みをこれまで以上に推進しよう、となったのです。

(注2)「協力者」は、塩野義製薬で部下・メンバーを指す社内の呼称です。

塩野義製薬株式会社様 インタビューの様子

更なるキャリア支援の環境づくりに向けて――マネジャーへ、それから全従業員へ

2024年度、マネジャー向けの「部下のキャリア形成支援研修」に先立ち、キャリア支援に対する認識を揃えるためのeラーニングの企画・制作をご一緒しました。

福田様:すべてのマネジャーを対象に協力者のキャリア支援を行うにあたって、あらためて「キャリアを支援するとはどういうことか」「そもそもキャリアとは何か」からお伝えする必要がありました。それも、人事だけで語るのではなく、キャリアの専門家から世の中の潮流を、会社からはSHIONOGIとしてのキャリアの考え方を、セットで伝えることが大事だと考え、CCAさんのお力をお借りしました。その土台の上で、続けて具体的な面談アプローチの研修を行いました。

マネジャーの皆さんの受け止めはいかがでしたか。

福田様:キャリア支援は、日頃の業務支援とまったく別のことではなく、その中で行うものであり、マネジャーの役割の一つである――そこはアンケート結果から一定のご理解をいただけたと思います。ただ、基本的に業務で忙しい方々ですから、私たちも「ああしてください、こうしてください」とは言い切れない。いまも悩みながら進めているのが正直なところです。

浅沼様:協力者向けのアンケートでは、「マネジャーとキャリアについて話す機会が増えた」というポジティブな反響がありました。ただ同時に、マネジャー側からは切実な声も届いていたんです。どんなに忙しい時間を割いて面談を頑張っても、受ける協力者側の知識や前提が揃っていなければ、効果は上がらない。だから、目線を合わせなければいけない。それに応える形で、2025年度に全従業員向けのeラーニングを実施した、という順番です。

一人ひとりのキャリアを大切に、「支える側」のマネジャーからのアプローチに注力しつつ、全体のキャリア意識醸成も推進する。そのことに大きな意味がありましたね。eラーニングでは、業務面談とキャリア面談を「2つの輪」の重なりとして整理しました。

浅沼様:「キャリア面談をしてください」と言われても、何から始めればいいのか。業務面談と何が違うのか。まったく別のことなら、時間がなくてできません――そう感じるマネジャーは多いと思うんです。CCAさんとの整理は、キャリア面談が日々のマネジメントと近しいところにあって、つながりが見えればどちらにもプラスになる、と示すものでした。「それならできるかもしれない、やってみよう」という後押しになったのではないかと思います。

塩野義製薬株式会社様 インタビューの様子

継続的な取り組み――日常にある「キャリア支援」、「未来予想図」でのキャリアデザインへ

一連の取り組みを経て、変化は見えていますか。

浅沼様:キャリア支援の重要なKPIとして、エンゲージメントサーベイを経年的にフォローしていますが、数年下がり続けていたスコアに改善の傾向がみられはじめ、課題解決に向けた取り組みが少しずつではありますが進んだと考えています。

福田様:人事全体が人材像(SHIONOGI Way)の体現に向け、キャリア支援だけでなく各種人事施策が連動して課題解決に取り組んでいます。その結果、重要課題としていた「キャリア意識の醸成」は改善傾向であるものの、引き続き改善の余地があります。個別には、上司とキャリアについて話す機会も増えてきており、キャリア面談では、継続して長年運用してきた「未来予想図」も活用いただいています。言われてやるのではなく、自分のキャリアを自分で考え、それを上司が支援する。そういう形が――より「浸透してきている」という程度ですが――以前より見えてきました。これからも人事戦略としてメッセージと各施策が連動することを大切にしながら、年齢にとらわれず、多様なキャリアや専門性を持つ人材が能力を最大限に発揮し、長期的にわたり活躍できる環境を整備していきたいと考えています。

年間30万円の自己投資支援も、特徴的な制度ですね。

福田様:従業員の自発的な学びへの支援として、 教育費支援を行う制度です。現在もしくは将来の自分の強みを磨くこと、なりたい姿になるための学びであれば、基本的に対象になります。利用される方は年々増えています。

浅沼様:事前承認が不要で、自分で学ぶ内容を決めて、上司が後から承認する形なので、自由度が高いんです。利用率はいま6割弱まで来ています。たとえば人事担当者以外の従業員がキャリアコンサルタント資格を学ぶことも、なりたい姿とのギャップを埋めるためであれば認められます。

統合報告書2026でも利用者率59.6%(2025年度)と開示されていますね。それでも「まだまだ」でしょうか。

福田様:学びに対する捉え方に個人差があるのも事実です。ただ、利用率を上げることが目的なのではなく、一人ひとりが主体的にキャリアを考え、自己投資支援制度を活用しながら成長することが大切だと考えています。

塩野義製薬株式会社様 インタビューの様子

採用の最前線から――「他者を惹きつける強み」を持つ人へ

浅沼様は現在、採用業務のど真ん中にいらっしゃいます。キャリア支援の取り組みは、採用面でも武器になりますか。

浅沼様:いまの学生は大学でよく勉強をしていて、自分が何をやりたいかという「Will」を既によく考えています。なので、キャリア施策を単体でアピールすることは、実はあまりありません。当社の人事制度や人的資本経営の考え方をまずお伝えして、それに紐づく施策としてご紹介する形です。

当社が求める人材像は、「他者を惹きつける強みを持ち、貪欲に知識とスキルを高めつつ、積極的に挑戦しやり遂げる人」です。人材像に共感してくださる方に来ていただきたいと思い、日々活動しています。

塩野義製薬株式会社様 インタビューの様子

誰かの指示で、人は動かない――これからと、CCAへの期待

これからのキャリア支援は、どのように進めていかれますか。

福田様:まず人事部として、いまやるべきことをしっかりやり切ることです。キャリア支援では、何かすごい施策を新たに取り入れるのではなく、以前より取り組んできた「従業員がいつでも考えられる環境」と、マネジャーの皆さんと進めている取り組みなどを、愚直に続けていく。そのうえで、サーベイの結果から課題を見つけ、改善していきます。

環境の変化が大きい時代ですから、「今後、自分はどのように成長して、どこでどう働いていくのか、会社にどのように貢献していくのか」をこれまで以上に考えなければなりません。そのため、いつでもキャリアを考えられる環境、特に自己理解を深められる支援に力を入れています。従業員にはぜひ活用してもらいたいと思います。

CCAへの期待もお聞かせください。

福田様:キャリアの考え方や世の中の潮流は、環境変化とともにどんどん変わっていきます。まずは私たち自身が勉強して追いつくことが第一。そのうえで足りない部分は、専門家であるCCAさんから、私たちとは違う視座・視野の知見をいただいて、自分たちの気づきにつなげたい。これまでも適切にご相談に乗っていただいているので、今後もそういうお付き合いをお願いしたいです。

大前提として、外部にお任せして「キャリアをどうすればいいか」を考えてもらうのではなく、当社従業員のキャリアは、従業員である私たちが一生懸命考える。そのうえで、世の中の潮流や知見を入れていただく。CCAさんは、まさにそういう関わり方をしてくださっていると感じています。

浅沼様:CCAさんは、ご一緒に作っていく中で「SHIONOGIらしさ」をだいぶ汲んでくださって、企業のカラーを取り入れたうえで、世の潮流としての「キャリアとはこういうものだ」をしっかり入れてくださいます。そこがCCAさんの良さだと思うので、引き続きそういったご支援をいただけると嬉しいです。

ありがとうございます。読者へのメッセージもいただけますか。

福田様:eラーニングの中で、CCAの藤田会長が「企業が環境変化に応じて経営戦略を考えるように、一人ひとりも環境変化に合わせて、自分のキャリアを戦略的に考える必要がある」と語られていて、まさにその通りだと思っています。キャリアを自分のものとして、自分で考え、自分でデザインしていく。そのベースをずっと大事にしたいし、皆さんがそうできる支援を一つでも増やしていきたい。キャリア支援を含む人事部が実施しようとしていることを、研修や施策の背景と合わせて従業員の皆さんに伝えていきたいと考えています。「研修に参加してください」だけでは伝わらないと思うので。

(参考)塩野義製薬「統合報告書2026」:Shionogi26J_all_0928.pdf

塩野義製薬株式会社様 インタビューの様子
編集後記

キャリア面談が空回りする組織には、共通の構造があります。マネジャーは業務面談との違いが分からないまま面談を課され、受ける側には前提がなく、施策には「やった感」だけが残る。浅沼様の言葉を借りるなら「進むかどうかは、別の話」。

塩野義製薬は、この構造を順番に解いていきました。まず支援者であるマネジャーに「キャリアとは何か」から手渡し、面談を日常のマネジメントと地続きに置き直し、それから全従業員の目線を揃える。キャリア自律は、号令では生まれません。「考えようと思ったときに、いつでも考えられる」構造を組織の側が先に用意して、初めて芽を出すもの。個人への働きかけと組織の設計、その両輪が揃った事例だと私は感じます。

そして何より一人ひとりの自己決定を尊重する姿勢が、人的資本経営という経営の言葉と矛盾なく重なる。実装とは派手な新施策のことではなく、この地道な順番のこと。そんなことを考えさせられる事例でした。

インタビュアー:佐々木貴次
撮影・執筆:三宅弘晃
取材日:2026年9月16日
コンサルタント紹介
益子 奈々(ますこ なな)
特定非営利活動法人キャリアカウンセリング協会(CCA) 事業企画グループ
益子 奈々(ますこ なな)

IT業界で約15年間、IT実務とエンジニア育成に携わり、システムコンサルタントとして多数のプロジェクトに従事。2017年に独立し、企業向け研修やリスキリング支援に携わる。現在はCCAで、企業の課題に応じたキャリア支援施策を企画・推進。

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