インタビュー
修了生インタビュー
村井満
公益財団法人日本バドミントン協会 会長/株式会社ONGAESHI Holdings 代表取締役CEO
「人間は簡単にはわからない、とわかった」
「傾聴」を軸に歩んだ、ビジネスとスポーツの経営

第5代Jリーグチェアマンとして4期8年にわたりリーグ改革を率い、現在は日本バドミントン協会会長を務める村井満さん。リクルートで求人広告の営業から人事、人材事業のトップへと歩み、退任後もスポーツと経営の境界を越えて活躍を続けています。その転換点に、人材紹介会社の社長時代に学んだ「GCDF-Japanキャリアカウンセラートレーニングプログラム」(以下、GCDF養成講座)がありました。本記事では、村井さんの歩みと実践を通して、GCDFの学びが社会に対し、どのように実装されているのかについて迫ります。
キャリア支援の会社の社長が、「キャリア」を知らなかった
まずは、キャリアの領域と出会うまでの歩みからお聞かせください。
僕のキャリアは、新人のときから一貫して「人と組織」でした。リクルートの求人広告営業から始まり、ほどなくリクルート事件が起こって、人心が揺れる中、広告事業部門に新設された人事教育課の課長に。その後、全社の人事部長を経て、2004年にリクルートエイブリック(後のリクルートエージェント、現在はインディードリクルートパートナーズ)という会社の社長になりました。ずっと人と組織に関わってきたつもりが、エイブリックの社長になってみたとき、人の「キャリア」がまったく見えていないことに気がついたんです。
どういうことでしょうか。
経営目標のために、どう採用し、配置し、教育するか。会社側から見た人事はやりきってきました。でもエイブリックは、キャリアに悩む方が登録し、キャリアアドバイザーが相談に乗って実現を支える、完全に個人の側から見る事業です。人と組織に関わってきたにもかかわらず、キャリアの本質をまったくわかっていない。そう気がついて思い悩んでいたときに、GCDFの存在を知りました。社内のキャリアアドバイザーには取得者が多くいて、聞けば「公式なメソッドに基づくキャリア支援のデファクトですよ」と。キャリア支援の会社の社長なんだから、知らなくては......。それくらいの感覚で応募したのが最初のきっかけです。
「言葉の無力さ」を痛感した150時間
社長というお立場で、一から学ぶことに抵抗はありませんでしたか。
あまり考えませんでしたね。同期にはリクルートグループの社員も、同業他社の職員もいました。印象的だったのはロールプレイです。作り事ではなく、自分の身をもった体験や置かれた状況を正直に話す。「人材紹介会社の社長なんですけど、もう辞めたいんですけど」なんて話を、同業の方と大真面目にやる。深層まで入っていくので多少面食らいましたが、大変新鮮な経験でした。
3か月・12日間、課題も含めるとおよそ150時間のプログラムです。
キャリア理論を体系的に学び、発達心理学のような学術的側面もあり、RIASEC(リアセック)のように自分の構成要素を分解して多角的に理解する理論もありました。分厚いバインダーで毎週丸一日。あのバインダーは、いまも捨てられずに取ってあります。
不思議なもので、相手の話をわかった気になっていても、実際に理解できているのはほんの1割、2割なんです。言葉の裏側にある思いや葛藤まではわからないし、自分の言葉すら認識しないままペラペラ話していた。逐語録で振り返って、「なんで私はこんなことを言っているんだろう」と。傾聴することもそうですし、自分が発する言葉もそうですし、言葉というものの無力さを痛感しましたね。

発信する社長から、傾聴する社長へ──「半径10メートル」の発見
3か月の学びを終えて、ご自身にどんな変化がありましたか。
セッションが終われば、私は社長に戻ります。それまで社長とは、経営方針を発信する存在──、心臓が何兆個もの細胞に思想を送り出す、動脈のような役割だと思い込んでいました。それが、発信より傾聴に軸足を移した瞬間、部下との1on1で「ところで、あなたはどうしたいんでしたっけ?」と問いかけている自分がいた。短期間で、自分のベクトルがものすごく変わっていくのを感じました。
本当に人を動かすということは、その人が自律的に動こうと思わないかぎり、動かせるものではないんです。北風と太陽ではないですが、社長は権限やインセンティブで動かそうとする。けれども、一人ひとりが自分から動くには、内在する思いや葛藤を紐解かないといけない。その葛藤は、幹部や役員になるほど大きい。身近な経営幹部でさえ、そういう対話を求めていると気がつきました。
当時から「半径10メートル」という言葉を使われていたそうですね。
サッカーやラグビーでは、ベンチが指示してもワールドカップの会場では聞こえない。発信の限界は総論では自覚していたつもりでしたが、GCDFを学んで、言葉の限界がいかほどかを身をもって体感した。だからこそ、半径10メートルにいる人たちを本当に大事にすることが重要なんだと。対話を求めているのは職員だけでなく、家族や友人でもある。
夢が、夢でなくなってはいけない──アスリートのキャリア支援
サッカー界との接点も、キャリア支援から始まったそうですね。
Jリーグには初代チェアマンの時代から選手のキャリア支援があり、リクルートの一部のスタッフも関わっていました。エイブリックの社長時代、社会貢献としてキャリア相談のノウハウを野球界やサッカー界に還元する動きが生まれ、社員がJリーグに出向するように。その出向元の社長として対話を重ねたことがきっかけで、2008年にJリーグの社外理事になりました。キャリアという接点が、私とスポーツの縁をつくったんです。
アスリートのキャリアには、どんな課題意識をお持ちでしたか。
大変厳しい世界です。選手は個人事業主のようなもので、1年目でダメなら一試合も出ずに契約解除され、その日から失業する。華やかな日本代表の一方で、まったく芽が出ない選手もいる。彼らも、ものすごい競争を勝ち抜いた、地元のスーパーヒーローだった人たちです。子どもの夢の職業が、その人の人生を寂しいものにしてしまったら、夢が夢でなくなってしまう。そういう危機感がありました。プロを実現し得た人間力は、ピッチ以外でも発揮できるはずだ、というのが私たちの思いでした。

大きく飛躍する選手に共通していたのは、「傾聴力」だった
2014年、第5代Jリーグチェアマンに就任されます。
私はプロ選手も監督もコーチも、クラブで働いた経験もない。当時は香港でHR事業をやっていて、Jリーグも見ていない。そういう人間がチェアマンになったとき、自分にあるのは「人と組織」の知見だけです。最初に着手したのが、2015年に設立した経営人材の学校「Jリーグヒューマンキャピタル」で、いまでは700〜800人の卒業生がいます。スポーツは、人間が人間をマネジメントして価値を出すモデルですから、人を理解できる人材を育てようと。現在は「公益財団法人スポーツヒューマンキャピタル」と名前を変え、競技団体を横断した人材育成に広がっています。
新人選手への研修も徹底されたと聞きます。
毎年120人ほどの新人Jリーガーの研修で、正直にキャリアを伝えようと思いました。試合に出ないまま辞めていく選手がどれくらいいるか、ファクトまで伝える。ただ、恐怖感を与えるだけではダメですから、その状況で成功した選手に共通する因子は何かを探求したんです。
その答えが、「傾聴力」でした。ボールを止める技術、90分走りきるフィジカル、大舞台でのメンタル......。心技体はみんな持っていて、差別化要素にならない。本当に大きく飛躍する選手に共通していたのは、ものすごい傾聴力だったんです。傾聴力は、GCDFのキーフレーズじゃないですか。たとえば長友佑都選手。体が小さく怪我ばかりだった選手が、栄養や睡眠、体幹トレーニングを競技外の方々に傾聴して体をつくり変え、40歳近くまでワールドカップの舞台に立ち続けた。あのフィジカルは傾聴力の賜物です。自己変革とは、自分の課題を捕まえ、謙虚に学び、傾聴し、実践して変えていくことなんです。
村井さんの言う「傾聴」は、静かに聞く技法とは少し違うようですね。
傾聴というと、黙って静かに聞くイメージがあるじゃないですか。でも「傾く」という言葉には、少しアクションが入っていると思うんです。聞いたら「こういうことですか」と確認する。自分で調べ、本を読み、実践して、「やってみたんですけど、こういうことですか」とまた問う。傾聴には、静的なものだけでなく、動的なものが含まれている。その動的なサイクルを繰り返すのが、一流選手の傾聴でした。聞き流すのではなく、アクションで折り返す学びなんですよね。
天日干しの経営──聴くために、組織の「ひさし」を取り除く
チェアマン時代の村井さんといえば、「天日干しの経営」という言葉が知られています。
太陽の光があまねく社会を照らすように──その光を、私はステークホルダーの視線や期待に置き換えていました。天日にさらされるとは、株主や取引先、従業員、地域の人たちの声をちゃんと聞くこと。これもある種の傾聴です。ただ、組織構造が「ひさし」になって光を遮ることがある。当時のJリーグには6つの関連会社と6人の社長がいて、全員に声が届くわけでも、入ってくるわけでもない。傾聴しようと考えたら、障害となっているひさしや屋根を取り除くことも、必要な打ち手なんです。組織改革は、傾聴とセットでやらないといけない。
オフィスも変えました。役員の大部屋に案件を持ち込めばその場で意思決定するよと構えたら、役員が勢ぞろいした部屋なんて恐ろしくて誰も来ない。結局、私たちのほうが出ていくフリーアドレスに変えました。レイアウトも傾聴の重要な要素です。
リクルートエージェント時代には、「働きがいのある会社」ランキング(Great Place to Work=GPTW)で1位を獲得されています。
社風や風土は「風」と書くように目に見えず、一朝一夕にはできません。あれは、長年培ってきた風土の延長線上にあったと思います。当時、日経ビジネスの特集タイトルが「拍手と握手の会社」で、これがものすごく嬉しかった。人間が拍手をするのは、コンサートやサッカーのように、目の前で生身の人間が演じているライブ感の強いときです。目標達成の握手、いい話への拍手が日常にある会社でした。経営者のメッセージも同じで、広報が編集した文章を読まされていれば従業員にはすぐわかる。表情や焦りまで見えるライブのやり取りだからこそ、言葉が響くんです。
じつは、GPTWへのエントリー自体が、GCDFに飛び込んだのと同じ発想でした。手を挙げて調査を受け、ランキングが低ければそう公表される、残酷な調査です。でも、人と会社を結ぶ会社なんだから、「働きがいがある」とは何かを知らなければいけない。そう思って、いわばモルモットになったんです。社員400人ほどのメールアドレスを直接提出し、会社を介さず正直に答えられる調査で、その手法自体がまさに天日干しですよね。むちゃくちゃ学びました。

「生業文化」を煎じ詰める──PDMCAから、ラリーコードへ
Jリーグでは「PDMCA」という言葉も、繰り返し発信されていました。
サッカーとは何が生業なのか、と考えたんです。プロが90分やっても0対0で終わることがある、ミスの競技なんですよ。選手は失敗しても当たり前のこととして立ち上がり、スプリントを繰り返す。失敗が前提の競技を生業にしているのに、職員が失敗を恐れてどうするんだと。だから、PDCAの真ん中にミス(M)を置いて、PDMCAと言っていました。借り物ではなく、自分たちの生業が持つものから語る、ということです。
現在は日本バドミントン協会で、新しい「生業文化」を紡いでいらっしゃいます。
バドミントンは、サッカーと対極です。足ではなく手、接触がなく屋内で、チームではなく個人競技。ただ、ずっと見ていると、ネットを挟んで「越えていく」という概念がすごく強い。だからいま、本部間の縦割りを、また雇用契約と業務委託という契約形態を、そしてリアルとウェブという空間を、越えていこうと話しています。競技から派生する働き方は、「ラリーコード」という5つの言葉に込めました。自ら動き出す「サーブ」、苦手でもまず受けてみる「レシーブ」、粘り強く続ける「ラリー」、表舞台の人を裏で支える「カバー」、意思を持って決めにいく「スマッシュ」。仕事を褒めるときも、どれで仕事をしたのかを褒めていきます。
流行りの人事施策を借りてきてはダメなんです。バドミントンという生業をずっと見て、傾聴して、語っていく中から、「こういう働き方だよな」というものがぎゅっと出てくる。これもGCDFのおかげさまです。
ご自身の五感で抽出していく。いまの時代に重みを増すお話です。
ビジネス界はこれまで、ケーススタディやベストプラクティスといった、誰かの成功の横展開に膨大な時間を費やしてきました。でも、それは生成AIが10秒でやってくれる。人の真似ではなく、自分たちの行動の中から手垢のついていないものを紡ぎ出していく作業こそが、人間の仕事であり、経営者の仕事だと思うんです。
それに、生成AIが出す膨大な言語には、どこか逐語録を見ているような感覚があるんですよ。言葉の裏側にある、眉間にしわを寄せた表情や、沈黙するような葛藤までは、まだ感じ取れないじゃないですか。乾いた逐語録の交換合戦にしてはいけない。逐語録から、その裏側の葛藤を学ぶ。それが、いますごく重要になっていると思いますね。
スポーツからビジネスへの「恩返し」──知性は勇気の僕(しもべ)である
今後のご活動についても聞かせてください。
僕のライフワークは決まっています。ビジネスの世界から来た私は、スポーツはお金が回らないという課題に悩み、タイトルパートナー契約や放映権契約のような、スポーツのビジネス化にエネルギーをかけてきました。いまは逆のベクトルで、「ビジネスがスポーツなんだ」ということなんです。
大統領が叫べば関税が変わり、紛争で物流が変わり、パンデミックで生活が一変する。世界は、因果の連鎖から予測できるほど単純ではない。目の前が突然変わる......、それはまさにスポーツの世界で、雨が降れば、その場で戦い方を変える。ビジネスでも同じことが起きている。学ぶべきは、アスリートがどう局面を打開し、スランプから這い上がり、崩れたチームを立て直すのか、ということなんです。私はビジネス界のスポーツ界に来たことで多くの学びを得たので、今度はスポーツ界からビジネス界へ還していく。それが私の「恩返し」のコンセプトです。中核は、アスリートの生き様を深い傾聴でインタビューし、構造化して、ビジネスに還元すること。それを、もっと深いレベルでやっていきたい。
「迷ったときは緊張する方を狙う」という信条もお持ちだと聞きます。クランボルツの「計画された偶発性」に通じますね。
日本の知性の塊のような批評家、小林秀雄さんが言ったと言われる言葉に、「知性は勇気の僕(しもべ)である」というキーフレーズがあるんです。さまざまな知性が社会を豊かにしているのは間違いない。けれども、それを使うのは勇気ある人間だ、と。まだ社会になかったインターネット配信のDAZNのように、前例のないことに飛び込むとき、知性を使った助言はいくらでも出てきます。でも、最後にひとつを選んで踏み出すのは、ある種の勇気なんです。
客観は伝わりやすい。数字で語れ、エビデンスはあるのか、と。でも一方の主観、「私はこれをやりたい」「これが好きだ」を、しっかりリスペクトしないといけない。エビデンスはと聞かれたら、「ありません。それがどうしました? 人がやらないことをやるんですから」と。主観と客観が、動脈と静脈のようにぐるぐる回ることが大事で、今の時代は少し主観を後押ししてあげたい
。だからこそ、心の裏側の想いを紐解いていく技術が、ものすごく重要になってきているんです。

「人間は簡単にはわからない」とわかった──これから学ぶ方へ
改めて、GCDFでの学びは、村井さんのキャリアや人生にとって何だったのでしょうか。
人間は簡単にはわからない、ということがわかった。それに尽きますね。「こいつはこういうやつだ」「この組織はこうだ」と決めつけていたけれど、そうじゃないんだとわかった。それが、この世界を歩んでいくための、入り口の鍵をもらった感じです。
最後に、これからGCDF養成講座で学ぼうとする方へ、メッセージをお願いします。
GCDF養成講座を運営するキャリアカウンセリング協会(CCA)には、人材系の事業を生業とするルーツがあると聞いています。人と組織を見てきたDNAが、この学びの裏側にきっとある。大事なのは、人事や人材事業といった「人材に関わる人」だけのものではないことです。私自身、アスリートが傾聴から競技力を高めるのを見てきましたし、経営者として組織改革に使う一方で、私生活においては親子関係で使っている自分に気づいたこともあります。人材関連の仕事を超えて、家庭であり、経営であり、スポーツであり、人生に極めて有効な汎用性の高い学びです。そして、こうしたテーマで語り合える修了生が、社会にいっぱいいる。それが、GCDFなんじゃないかなと思います。

プロフィール

村井 満(むらい・みつる) 公益財団法人日本バドミントン協会 会長/株式会社ONGAESHI Holdings 代表取締役CEO
リクルートで人事部門の要職を歴任後、2004年にリクルートエイブリック(後のリクルートエージェント、現在はインディードリクルートパートナーズ)社長に就任。2014年から2022年まで第5代Jリーグチェアマンを務めた。
略歴
村井満さん 埼玉県川越市出身。早稲田大学法学部卒業後、1983年にリクルート(当時・日本リクルートセンター)に入社し、人事部長、人事担当執行役員などを歴任。2004年にリクルートエイブリック(後のリクルートエージェント)社長に就任し、在任中にGCDF養成講座を修了した。2014年から2022年まで第5代Jリーグチェアマンを務め、現在は日本バドミントン協会会長として組織改革に取り組むほか、株式会社ONGAESHI Holdingsを設立し、スポーツとビジネスをつなぐ活動を続けている。
※役職は取材時点
撮影/執筆:三宅弘晃
※このインタビューは2026年 7月6日に実施されました。
