インタビュー
修了生インタビュー
山﨑淳
株式会社リクルートマネジメントソリューションズ 代表取締役社長
今ここ、に全力を注ぐと決めた日
生き方の指針――自分のあり方が定まった時間でした

組織・人材開発のリーディングカンパニー、株式会社リクルートマネジメントソリューションズの代表取締役社長を務める山﨑淳さん。1996年に前身の人事測定研究所に入社して以来、適性検査SPIの営業の第一線から、リクナビ編集局長、事業責任者、そして経営者へと歩みを重ねてこられました。その道のりの半ば、悩みのただ中にあった2013年に出会ったのが、GCDF(キャリアカウンセリングの学び)でした。本記事では、山﨑さんの歩みと実践を通して、GCDFの学びが、仕事・役割・組織にどう作用するのかを紐解きます。
都立高校の野球部監督だった大学生が、「人材」の世界へ
山﨑さんは1996年、人事測定研究所(現・リクルートマネジメントソリューションズ)に入社されています。もともと心理学などを学ばれていたのですか。
いえ、それが何の縁もなかったんです。学生時代は硬式野球をやっていて、大学では怪我もありプレーから離れていました。そんなとき、母校の監督が交代しなければならなくなり、「ちょっと来い」と呼ばれて、大学生のまま硬式野球部の監督業を引き受けることになったんです。やってみると、チームが強くなっていく手応えがある。組織づくり、チームづくりというものに関心を持ったのが、「人材」の世界への入り口でした。就職活動でいえば「人材まわり」の仕事があるのかな、というくらいの感覚でしたね。
時代はバブル崩壊後の就職氷河期です。就職情報誌もなかなか手元に届かず、譲ってもらった一冊を頼りに、300通ほどはがきを書いて出しました。人材系の仕事に就けるかどうかもわからないなかで、たまたま当時の人事測定研究所が数名の新卒採用をしていて、説明会の案内が来た。近い業界かもしれないと思って受けに行ったのが始まりです。同期は統計や心理を専攻してきたメンバーばかりで、営業枠は私ひとりでした。
入社後は、どんなお仕事を。
ずっと営業です。心理は1ミリもやったことのない人間が、適性検査SPIの法人営業から始めて、営業一筋でやってきました。2003年に営業マネージャーになり、翌2004年、HRR(人事測定研究所から社名変更)とリクルートの研修部門が統合して、リクルートマネジメントソリューションズ(以下、リクルートMS)が発足します。営業もこれまでのアセスメントサービス(SPI)に加えて研修サービスも扱うことになり、ここで初めて「キャリア研修」というものを知りました。
アセスメントはアウトプットが明確で、人事の知識をきちんと携えて提案すれば成立します。ところが研修は、パンフレットだけでは価値が伝わりにくい、いわば無形の商材なんですね。ですから、みんなで必死に研修の現場をオブザーブしました。このプログラムでは受講者にこういう変化が起きて、こんな気づきを持ち帰るのか、と。プログラムの構造と、実際の納品場面で起こることを勉強しては、お客様のところへ通う。その繰り返しでした。また商品力だけでなく「誰から買うか」という要素も大きくなって、営業としての関係性づくりの力量が急に問われるようになった時期でもありました。

130人の先頭に立って――突然の事業移管
2012年に、リクルートキャリア(現・インディードリクルートパートナーズ)へ移られます。
当時、私はSPIの営業の西日本エリアの部長でした。あるとき当時の社長に呼ばれて、リクナビとSPIを連動させて競争力を高めるため、リクルートMSの事業を分割し、SPIに携わっていたメンバーは全員リクルートキャリアへ移る、と告げられました。「戦略としては、確かにその通りです」と答えたのですが、それとセットで「お前がその事業責任者になって、全員を連れて行け」という内示も出たんです。130人ほどの組織でした。
これは大変でした。みんな、リクルートMSという会社が大好きなんです。発表のときには、若手は「行きたくない」と泣くし、私が「責任者としてまいります」と挨拶しても、フロアは何とも言えない空気で。いつかは採用から育成までを一貫して手がけたいと思って入社してきた仲間からは、「これからは採用だけですか」という声も上がる。メンバーからは自分のキャリアをどうすればいいのかという相談がたくさん来るのに、私は何ひとつ応えられませんでした。しかも私は営業しかやってこなかったので、事業全体のオペレーションを知らないままマネジメントを担うことになった。悩みに悩んでいた時期です。
「悩み多きクライアントは、自分かもしれない」
GCDF(GCDF-Japanキャリアカウンセラートレーニングプログラム)に出会われたのは、その頃だったそうですね。
2013年です。ちょうどその頃、入社のときに面接をしてくれて、SPIの事業を長く率いてこられた大先輩と、お話しする機会がありました。私は事業のオペレーション側をほとんど知らなかったので、教えを請おうと思って食事に連れて行っていただいたんです。食事の席では事業の話だけでなく、リクルートキャリアに移ってからの悩み――みんなを引っ張りきれないこと、メンバーのキャリアの声に何も応えられないこと――にも話が及びました。すると、その方が、「GCDFって知ってる? 自分を見つめる機会にもなるかもしれないから、受けてみたら」と言ってくださった。それがきっかけです。
それまで、GCDFにはどんな印象をお持ちでしたか。
存在は知っていたのですが、カウンセラーを育成するためのもので、自分が受講するものではないだろう、というくらいの理解でした。社内にも資格を持っている人たちがいて、勉強会もやっていたんですけどね。
スキルを身につけたい、という動機だったのでしょうか。
スキルや武器が欲しい、という感じではなかったですね。どちらかというと、カウンセラーが向き合う相手は、自分なんじゃないか。自分こそ、悩み多きクライアントかもしれない、と思ったんです。どうあるか、どう生きていくか、どう仕事に向き合うか。そこに悩んでいるクライアントに、さまざまな方法論も携えながら向き合っていくのがGCDFだと聞いたとき、こちら側でちゃんと学び、考えれば、この悩み多きクライアントである自分に向き合えるかもしれない、という感覚でした。
勢いのままここまで来てしまったので、一度立ち止まって自分を見つめ直し、自分にも、事業にも、メンバーにも向き合い直す機会になるなら面白そうだ、と。キャリアの理論を体系的に学べることは、正直、付随してくるもの、というくらいの位置づけでした。

沈黙していた技術者が、語り出した
実際に通われてみて、印象に残っていることはありますか。
やはり、一緒に受講した方々とのことです。ロールプレイやグループワークをやって、終わったらご飯に行って、また次回集まって、と続いていく。そのなかに、大手メーカーから来られた方がいらっしゃいました。長く技術畑を歩まれて、一定の年齢でポストを離れ、後進を育成する役割に就かれた方です。その方が、最初はずっと喋らないんですよ。会社から送り込まれてこんなことはやりたくない、というスタンスで。
それが3回目くらいのワークのとき、「こんなに人と語り合うことが大事だと思ったのは、初めてかもしれない」と、ポロッとおっしゃったんです。その後はもう、集まりの中心人物です。ご自身の趣味の話をたくさんされて、本当に楽しそうで。人がこんなふうに深く洞察し、自分を開示し、変わっていく。その変化のプロセスを目の当たりにしたことが、いちばん印象に残っています。そして、ひるがえって自分はどうだろう、と考えるきっかけにもなっていきました。
会社の同僚とは、意外とこういう話はできないものなんですよね。世代も経験もバラバラの方々と、自然に「へえ」「ほう」と言い合いながら深いやりとりができたのは、本当に新鮮でした。あれから10年以上経ちますが、当時のクラスメイトとの関係は、今も続いています。
「今ここ」に全力を注ぐ――修了後に定まったもの
3か月の学びを終えたとき、どんな感覚がありましたか。
すっきりした、腹落ちした、という感覚でした。実は私自身も、リクルートキャリアに転籍するのが嫌だったんです。みんなには事業の意義をあれこれ語って「行こうよ」と言っていたけれど、本音では、リクルートMSでやりたいことがまだあった。嘘ではないけれど、仕事上の表面的な言葉で何とかやり過ごしている感じが、ずっと自分の中にありました。自分が本当にやりたいことは、ここでやることではないんじゃないか、と抱え続けていたんです。
それがGCDFを受け終わったとき、「今ここに集中することが、いつか何かのキャリアにつながるんだ。ここに集中して生きていこう」という感覚になったんですね。この仕事が社会の役に立つという意味づけは、いくらでもできる。むしろ、目の前に集中していない時間を過ごすことのほうがもったいない。自分の向き合い方、あり方を「今ここ」に全集中させていけば、きっとまたいいキャリアになるはずだ、と思えました。
理論の面でも、クランボルツの計画された偶発性理論(※)などに触れて、こういう捉え方もあるのかと思えたこと。クラスの皆さんとの対話のなかで感じたこと。それらが重なって、心の置きどころがすっきり定まったのが、修了後の正直な感覚でした。カウンセラーは、今ここにいるクライアントに全集中する。あの感覚も含めて、雑念なく向き合うことが一番力が出るし、心から出た言葉で人とやりとりができるんだ、というのは大きかったですね。
※計画された偶発性理論:スタンフォード大学のジョン・D・クランボルツが提唱した理論。個人のキャリアの大部分は予期しない偶然の出来事によって形成されるとし、好奇心・持続性・柔軟性・楽観性・冒険心という5つの姿勢を持って偶然を主体的に活かすことの重要性を説く。
真っ暗なフロアで――それでも折れなかった理由
その後は、新卒事業の営業統括部長、リクナビ編集局長と、それまでとは畑の違う重責が続きます。
あの心持ちが持てていなかったら、たぶん折れていたと思います。忘れられないのは、ある年度、担当していた事業が目標を大きく割り込んだときのことです。フロアのどの部署も達成していない。年内最終日の締め会が終わって、みんなが三々五々飲みに出ていき、私はフロアの一番端の席で仕事をしていました。最後に出た人が私の存在に気づかず電気を全部消して、真っ暗ななかにモニターの明かりだけがぼんやり浮かんでいる。さすがにそのときは、当時の上司に電話をして「もう無理です。辞めさせてください」と言いました。「お前のせいじゃない。今どこにいるんだ、大丈夫か」と返ってきましたけれど(笑)
そこから先も、想定外の異動は続きました。それでも「今ここでできることをやる」に立ち返れたことが、続けてこられた理由だと思います。リクナビ編集局長を務めていた時期には、月に一度、SPIをはじめとするアセスメント事業を今後どうしていくかを経営と議論し続け、「この事業の将来の絵は自分が描くので、もう一度この事業に戻してもらえませんか」と手を挙げました。最終的に、アセスメント事業をリクルートMSへ移管する構想を提案して準備を進め、2018年、移管とともに私自身もリクルートMSへ戻ります。そして2021年4月から、代表取締役社長を務めています。

経営とトレーナー育成に生きるGCDF
経営という仕事に、GCDFの学びはどう作用しているとお感じですか。
まず、「いま、この事業を最良にするにはどうすればいいか」ということに、シンプルに向き合えるようになりました。そして、メンバーとのやりとりが変わりました。何をしたい、あれをしたい、という話はいろいろ出てきます。ただ、その奥にある「結局、自分はどうありたいのか」をめぐる対話ができるようになると、お互いに新しい気づきが生まれるんです。おかげでスタンスが安定して、いろんなものに向き合えるようになった。それは経営者として大きかったと思います。コロナ禍のような局面でも、慌ててもしょうがない、今できることをやろう、という構えがストレートに取れた感覚があります。
それは、カウンセリングの究極の目的――支援のプロセスを通して、その方が自分の人生の課題を自律的に解決していけるようになること――そのものですね。
本当に、そう思います。まさにそれですね。
リクルートMSでは、トレーナーがデビューする前にGCDFを受講する仕組みを、古くから続けていらっしゃいます。経営者のお立場から見て、なぜ必要なのでしょうか。
必要だと思っています。リクルートMSのトレーナーには、いわゆる研修講師をしてきた方は採用しないんです。私たちはスキルを教えるのではなく、受講者に向き合って、自己変容をサポートしていく。その介入をプログラムを通じて起こしていく、という考え方だからです。ですから、マネジメントの最前線で葛藤を重ねてきた方々に入っていただきます。
ただ、そういう方々は総じて、人と向き合うことを体系的には学んでいません。人がどういう感情を持ちながら変化していくのか......。GCDFで扱うプロセスは、研修の場でも起こります。それを体系立てて知っておいてほしいんです。当社にも1年間の養成プログラムはありますが、そこでは自社プログラムをどう届けるかに集中するため、カウンセリングやクライアント理解への体系的な取り組みまでは扱いきれません。だからこそ、GCDFを受けてもらう。お客様にとっても、ビジネスの経験に加えてGCDFという裏付けを持つトレーナーであることは、安心感につながる大きな要素だと思っています。
電車の中で目に留まった新聞広告から、大学の教壇へ
現在は、大学の教壇にも立たれています。
立教大学の、全学部の学生を対象にしたリーダーシップ開発のプログラムに、一教員として参加しています。企業から出されたお題に、学生たちが半年かけてチームで取り組み、提案をまとめる。その過程で起こるチーム内のコンフリクトを振り返りながら、自分らしいリーダーシップのあり方を見つけていくプログラムです。約400人が受講して20クラスに分かれる、そのひとつを担当しています。
きっかけは、偶然でした。GCDF以来、「今ここに集中していれば、次はきっとどこかでピンと来るはずだ」と一度信じてみようと思っていたのですが、それがコロナ禍に訪れたんです。山手線が空いていた時期に、隣で新聞を読んでいる方がいて、ふと見えた紙面に「実務家教員」の養成講座の広告が出ていました。ビジネスパーソンが大学での教え方・学ばせ方を学び、機会があれば教員を務められるようにする講座です。それが、ずっと頭に引っかかりまして。
実は私は教育学部の出身で、大学の友人はみんな教員になったんです。私だけが民間に進んで、集まっても教員の話題に入れない。「俺だけ教員になれなかった」という思いが、心のどこかにずっとあったんですね。この広告を見たとき、そのわだかまりを解消できるかもしれないと思って調べたら、エントリー締切の3日前。急いで志望動機を書いて応募し、履修することができました。講座の後半にはいくつかの専門コースがあり、リーダーシップに関しては本場の先生方に教わりたいと、立教大学のコースを選びました。そこで先生方と知り合い、しばらくして「教員の枠がひとつ空くのですが」と声をかけていただいたんです。2024年度から担当して、今年で3年目になります。
学生と接してみて、いかがですか。
これはもう、GCDFがいよいよ直接生きています。授業の運営は学生たちと一緒につくっていくのですが、彼らからは就職活動の相談も受けるんですね。「自分が向いているかどうかわからない」という話が、だいたい出てくる。いやいや、問いはそこではないんじゃないか、と思いながら、GCDFで学んだことをかなり直接的に使っています。いまの大学生がどんな悩みを抱えているのかを知れることは、私にとっても大きな学びです。

「生き方が定まった時間」――これから学ぶ方へ
今後は、どんなことに取り組んでいきたいとお考えですか。
自分の可能性を、自分で閉ざしてしまっている方が多い、と感じています。企業のなかには、能力も力も十分にあるのに、組織のさまざまな仕組みのなかでそれを出せず、「そこそこやっておこう」となってしまう方がいます。それが何かのきっかけで解放されたときのエネルギーは、本当にすごいんです。学生も同じで、決められたことを真面目にやり切るからこそ、かえって自分の可能性を閉じてしまっているように見えることがある。ビジネスの世界でも、大学でも、一人ひとりが自律的に、主体的に、自分の可能性を生かしていく。それを支援する活動を、ライフワークとして続けていきたいと思っています。そのためにも、引き続き、いまある機会に最大限取り組む。その先にきっとまた何かが訪れて、ピンと来たものに飛び込んでいくのだろうと信じています。
改めて振り返って、GCDFの体験は何だったと思われますか。最後に、これから学ばれる方へのメッセージをお願いします。
大きく言えば、生き方の指針――自分のあり方が定まった時間でした。仕事への向き合い方が変わりましたし、「自分はこの先、これでいいのだろうか?」「こんなことがやりたかったんだっけ?」という気持ちがなくなりました。今ここに自分の力を最大限注ぐ。その生き方が定まった時間だったと、改めて思います。
これから学ばれる方は、資格取得をはじめ、いろいろな目的や興味から入られると思います。そのための体系的な学習は完璧に揃っていますから、そこは安心してください。ただ、せっかく時間を費やすのであれば、それだけではもったいない。その先の、生き方に通じる考え方やものの見方まで、あわせて感じ取れるのがGCDFだと思います。同じ時間を勉強に使うのなら、そこまで含めて体感する時間として捉えていただけたら、とてもうれしいです。

プロフィール

山﨑 淳(やまざき あつし)さん
株式会社リクルートマネジメントソリューションズ 代表取締役社長
保有資格:米国CCE,Inc.認定GCDF-Japanキャリアカウンセラー
1996年、株式会社人事測定研究所(現・リクルートマネジメントソリューションズ)入社。
企業への採用選考支援、人事制度設計、教育体系構築支援などに従事した後、2012年、株式会社リクルートキャリア(現・株式会社インディードリクルートパートナーズ)に出向。
適性検査SPIを中心とした採用選考支援事業責任者、リクナビ等のメディアサービス営業責任者、リクナビ編集局長、事業統括部長を担当。
2018年、株式会社リクルートキャリア(現・株式会社インディードリクルートパートナーズ)より、HRアセスメントソリューション事業を株式会社リクルートマネジメントソリューションズに移管。同時に出向、転籍し、執行役員を務める。
2021年4月より現職。本業のかたわら、立教大学のリーダーシップ開発プログラムで教員も務める。
略歴
※役職は取材時点
撮影/執筆:三宅弘晃
※このインタビューは2026年7月17日に実施されました。
