キャリアコンサルタント養成講習、GCDF-Japanキャリアカウンセラートレーニングプログラム。

インタビュー

修了生インタビュー

道谷里英みちたにりえ

順天堂大学国際教養学部 先任准教授。博士(カウンセリング科学)。GCDF-Japanキャリアカウンセラー。

生産性だけが、人の尺度でいいのか

人事の実務から「職場の尊厳」の研究へ

道谷里英さんのインタビュー写真

順天堂大学国際教養学部先任准教授として、キャリア教育と組織心理学の教育・研究に取り組む道谷里英さん。人事アセスメントツールの専門企業で人事コンサルティング事業の立ち上げに携わり、通信関連企業では人事制度と社員相談窓口の立ち上げという「組織」と「個人」の両面の支援を担った後、研究者へと転身しました。その転機に、GCDF-Japanキャリアカウンセラートレーニングプログラムとの出会いがありました。本記事では、道谷さんの歩みと、若年就業者のキャリアや職場における尊厳の研究を通して、GCDFの学びが、仕事・役割・研究にどう作用するのかに迫ります。

心理学から人事の世界へ ―「個を生かす」という理念に惹かれて

道谷さんは、もともと民間企業のご出身だそうですね。キャリアの世界に興味を持たれたきっかけから伺えますか。

大学で心理学を学んでいたので、それを仕事で活かせる分野はないかと考えながら就職活動をしていました。ちょうど就職氷河期が始まった最初の年で、何をしたいかも分からないまま、動きながら見つけていった就活でした。

そんな中で、就職情報誌の広告で偶然、人事アセスメントツールを扱う企業を見つけたんです。「個を生かす」という理念の会社が世の中にあるんだ、ということに、すごく衝撃を受けて。結果的に、唯一内定をいただいたのがその会社でした。

そもそも心理学を志したきっかけは、何だったのでしょうか。

高校生の頃に読んだ小説に、カウンセラーという職業が出てきたんです。お薬や手術ではない形で、会話をして人が癒されるということ自体に、面白みを感じたんですね。ただ、大学で学んでみると、基礎心理学や実験にはあまり興味が持てなくて。唯一惹かれたのが、学んだことが実社会に応用されていく産業心理学でした。適性検査をつくる会社があり、人事という仕事があると知って、人と組織というテーマへの興味が芽生えていった。原点はそこなんだと思います。

入社後は、どんなお仕事を。

最初は適性検査などの営業に3年半携わりました。そのうちに成果主義人事制度の導入ブームが来て、賃金制度を改定したいというお客様が増えてきた。それで当時の上司と一緒に、人事コンサルティング事業を社内で立ち上げるべきだという経営への提言を書いたところ、そのまま新規事業として立ち上げることになったんです。多分それがなかったら、辞めていました。その後は6年半ほど、企画担当兼コンサルタントとして、賃金・評価・等級と、人事制度をトータルに設計する仕事をしていました。20代でよくあれだけの仕事をやらせてもらえたなと、今は思います。

道谷里英さんのインタビュー写真

「この仕事をずっとやるのだろうか」― 二足のわらじの十年

そこからキャリアカウンセリングの世界へは、どうつながっていくのでしょうか。

もともと「個を生かす」という理念に惹かれて選んだ会社なのに、私の仕事はどんどん制度の側、経営の側に寄っていく。個人を支援したいという思いはずっと引っかかったままで、平日は人事制度をつくり、週末は産業カウンセラーの資格を取ったり、ロジャーズ(※1)系の勉強会に通ったり。この会社でやっている仕事を、私はずっと続けていくのだろうか......。20代は、そればかり考えていた気がします。

※1......カール・ロジャーズ(1902-1987)=米国の心理学者。来談者中心療法の提唱者。相手を一人の人間として尊重して聴く姿勢を重視し、カウンセリングの基礎を築いた。

制度をつくる側にいたからこその気づきも、あったのでしょうか。

ありました。会社都合のローテーションをしながら成果主義だというのは、従業員に求めすぎではないか、と思うようになったんです。本人がやりたいこと、一番力を活かせる分野を探すことを手伝わずして、成果主義の人事制度を入れるとはどういうことだろうと。それで、キャリア開発の制度も一緒に入れるべきではないですか、という絵を描いて提案したこともあります。でも、描いてみて「これをやれる人がいない」と気づいた。当時は、絵に描いた餅で終わってしまいました。

そして、GCDFに出会われます。

当時、入社10年目となる32歳を一つの区切りにしようと考えていました。次に何をしようか、いろいろ模索していたところに、キャリアカウンセラーの養成講座の募集がポンと飛び込んできたんです。2002年、すぐに申し込んで参加しました。それがGCDF、私の「今」につながる本当の原点です。

「こんなにも様々な応答があり得る」― 紙に書いて交わした「第一応答」

講座の中で、思い出深いセッションや学びはありますか。

当時は、応答を紙に書いて、受講生同士で交換して検討する演習が印象に残っています。クライアントの一つの言葉に対して、自分ならまず何と返すか。その最初のひと言、いわゆる「第一応答」(※2)を書いて出してみて、みんなで吟味する。会話のように流れていかず、一回そこで止めてやりとりを検討するステップがすごく新鮮でした。

それまでも、話を聴くことは自分なりにやってきたつもりでいたんです。でも、いろんな人の応答を読むと、広がりがある。一つの言葉に対して、こんなにも様々な解釈と応答があり得るんだということに、文字にして視覚化されることで気づけたのが大きかった。自分の応答を客観視することを、あの演習から学びました。

※2......第一応答=相談者が最初に話した内容や感情に対して、カウンセラーが最初に行う言語的応答

キャリア理論についてはいかがでしたか。

とっても面白かったです。全部が初めてだったので、こういうものがあるんだ、と。ちょうど30歳を過ぎた頃でしたから、自分のキャリアを振り返りながら、それが理論で説明されるという経験がものすごく楽しかったんです。理論という眼鏡をかけると、自分の経験がこんなふうに分かってくるんだ、と。ホランドの六角形モデル(※)に自分を当てはめてみたり、毎回の授業を、ある意味で自己分析として楽しんでいた気がします。

※ホランドの六角形モデル=米国の心理学者J.L.ホランドが提唱したキャリア理論。人の興味・志向を「現実的・研究的・芸術的・社会的・企業的・慣習的」の6タイプに分け、六角形の配置で人と職業の相性を捉える。多くの職業興味検査の理論的基盤になっている。

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「私が知りたかったのは、こっちだ」― 修了時の宣言から大学院へ

修了されたあとには、どんな変化が起こったでしょうか。

GCDFでは最終回に、受講生がひとりずつ「この後どうするか」という目標を発表するんです。私はそこで筑波大学の大学院への進学を宣言して、その年に入試を受けて、2003年に入学しました。

それは、講座の中に何かきっかけが。

座学に渡辺三枝子先生(※3)が来てくださった時期だったんです。カウンセリング心理学についての回で、先生がこうお話しされました。日本の大学院では、学びがどうしても心理療法の学派ごとに縦割りになっている。精神分析なら精神分析、行動療法なら行動療法、というように。でも、どの学派で人を支援するにしても、その土台には共通する部分があるはずで、それを扱うのがカウンセリング心理学なんだ、と。ところが、その土台そのものを学べる場所が、日本にはほとんどないんだ、と。

それを聞いた時に、「あ、私が知りたかったのは、これだ」と思ったんです。私はそれまで、産業カウンセラーの資格を取ったり勉強会に通ったりと、断片的に学んではきたけれど、その全体を貫くものが分からないままだった。引っかかっていたのは、これだったんだ、と。それで「カウンセリング心理学を深めるには、どこで学べばいいんですか」と質問したら、「筑波大学だ」とおっしゃる。職場から通える場所でもありましたから、これはもう行くしかない、と。

もう一つ、GCDFで学んだキャリアの理論がたいへん面白く、もっともっと知りたくなってしまったんです。なぜこの理論が生まれたのか、他にどんな理論があるのか。カウンセリングを学びたいという思いと、理論をもっと知りたいという思い。その二つで進学しました。今、私が研究の道にいることの分かれ目は、そこだったんだろうと思います。

※3......渡辺三枝子(わたなべ みえこ)先生=筑波大学名誉教授。カウンセリング心理学・職業心理学を専門とし、日本のキャリアカウンセリング研究を切り拓いた第一人者。『新版 キャリアの心理学』(編著)などで知られる。GCDF-Japan養成講座の監修者であり、キャリアカウンセリング協会(CCA)の特別研究会員も務める。

経営か、個人か ― 境界線を引いていたのは自分だった

働きながらの大学院では、どんな時間を過ごされたのでしょうか。

修士の1年目は会社に在籍しながら通っていました。実は、大学院でもものすごく葛藤があったんです。私がやりたいのは経営者の支援なのか、個人の支援なのか。どちらの側で支援するかによって、働く場所はまったく変わってしまう。じゃあどっちなんだ、と。

そんなとき、たしか授業のなかでふと、この「経営側か、個人側か」という職種の境界線って意味があるんだろうか、と思ったんです。それを決めているのは私だし、社会がつくった線でしかないよな、と。私は会社側のことも人事制度も分かる。そして個人の側の思いも、GCDFなどの経験を通してだんだん分かるようになっている。これは「両方分かる」という強みなんじゃないか、と気づけたんですね。そう思ったら、すっと楽になりました。働く場所は、ご縁のあるところに行けばいい、と。

そして修士修了とともに、通信関連企業へ移られます。

前の上司が転職していた先で、ちょうど合併で会社が急に大きくなり、人事制度を改定するタイミングで声をかけていただきました。若手をたくさん採用していた会社で、私が修士で研究テーマにしていた若手の方々がたくさんいる。何か私にできることがあるかもしれないと思って、お世話になることにしました。

経営の支援か、個人の支援か。実際に入られてみて、いかがでしたか。

実際には、両方させてもらいました。人事制度をつくることで経営の支援もしましたし、組織が大きく変わるなかで人間関係やメンタルヘルスの問題も出てきていましたから、手を挙げて、それまで社内になかった社員相談の仕組みをつくらせてもらったんです。その後、グループ3社が統合した際には、社員相談グループのマネージャーとして、統合後の相談体制を社員の皆さんと一緒に立ち上げました。

相談にもたくさん乗りました。守秘義務を守った範囲で、「最近の相談からは、こういう傾向が感じられます」と毎月、人事のマネージャー会議で報告する。いま、キャリアコンサルタントに求められている「相談で終わらせず、組織に提案する」ということを、結果的に当時からやっていたんですね。その経験が、本当に今につながっていると思います。

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実務と研究のあいだで ―「拾っていただいている人生」

そこから、研究の世界へ足場を移されていきます。

3年ほど実務に揉まれているうちに、筑波大学の、修士でお世話になった専攻に博士課程ができて、1期生の募集が始まったんです。誰も踏み入れていないところに行くのがどうも私は好きなようで、ついチャレンジしてしまいました。ただ、これも会社に勤めながらの進学です。当時は管理職も務めていましたから、仕事と研究の両立がどうしても難しい。研究の時間が全く取れずにいたときに、筑波大学のキャリア支援室で教員を探しているというお話をいただいたんです。会社に残るか、研究の環境に移るか。そのときは、研究をしたいという思いの方が強かった。

それに、学生を支援できることも魅力でした。会社に入ってからの支援は、その人が置かれた職場の状況に左右される部分が大きくなります。でも大学生であれば、働き始める前にできることがまだ多いかもしれない、と。こうして、博士課程の学生として筑波大学に学費を払いながら、同じ筑波大学から教員としてお給料をいただくという、なんだか不思議な生活が始まりました。

そこから、学部の専任教員の道へ。

キャリア支援室での面談は、どうしても就職活動の時期の学生さんが中心になります。もっと長い期間、学生の成長を見守って支援する仕事がしたいと思うようになったんです。それには学部の専任教員になるしかない。人事制度設計の実務経験とキャリア研究の両方を掲げて公募に応募し、人的資源管理とキャリアの授業を両方担当できるということで拾ってもらったのが、文京学院大学の経営学部でした。3年間お世話になりました。

ただ、経営学部にいると「経営学概論もそのうち担当してね」と言われるようになって。私ってどこの人なんだろうと、アイデンティティを問われる時間でもありました。私は経営学の人間として生きていきたいわけではないんだな。そう思い始めた頃に、ちょうど順天堂大学から、心理を教えられてキャリアの授業も担当できる人を探しているというお話をいただいて、「やらせてください」と。本当に、拾っていただいている人生です(笑)。

いま、学生への支援には、どんな思いで向き合っていらっしゃいますか。

私の研究の原点は、修士でやった組織社会化――学校から社会への移行の研究なんです。組織人になっていく過程と、個人としてキャリアを積み重ねていく過程。その両面をバランスよく支えていく土台は、学生時代までにつくることができるのではないかと、研究を通して思うようになりました。本学ではキャリア教育を、4年間を通して行う形にしていて、学生の成長に応じて、考えるテーマを授業で示していく。就職活動の支援にとどまらない、大学だからこそできるキャリア教育だと思って取り組んでいます。

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「関係があって、初めて相談できる」― 援助要請から尊厳へ

研究テーマは、どのような系譜で今に至るのでしょうか。

振り返ると、私はずっと、職場環境や仕組みに興味があるんです。人事制度をつくっていたので、制度が人にものすごく影響することを経験してきました。最初に科研費(国の研究助成)をいただいたのは、組織におけるカウンセリングの実装の研究でした。外部からカウンセラーが来る相談室だけでは、いわば「外付け」です。組織の中に埋め込まれた、その会社ならではの相談体制をどうつくるか。企業へのインタビュー調査を重ねて、単著(※)にまとめました。

その次に取り組んだのが、援助要請。つまり困ったときに助けを求める行動の研究です。専門家に援助を求めるかどうかの研究はたくさんあるのですが、まず今いる場所で、周りの人に相談できるかどうかが先だと思ったんです。それに、いくら仕組みがあっても利用されなければ意味がありません。それは会社員時代の実感でもありました。「この話が、どうして職場の中でできないんだろう」と思う相談が、たくさんあったんですね。どういう関係性があれば、職場の中で相談できるのか。そこから、職場内の援助要請の研究を始めました。

※4......『キャリアを支えるカウンセリング: 組織内カウンセリングの理論と実践』 (道谷里英 著/ナカニシヤ出版)

そこから「尊厳」というテーマにたどり着かれた。

尊厳に注目したのは、まさに援助要請の研究からなんです。インタビュー調査をしていて分かったのは、「助けてください」と言えるかどうかは、その手前の段階で決まっているということでした。周りがみんな敵に見えていて、何か言ったら絶対に批判されると思っていると、そもそもSOSを出すという選択肢を持てないんですよね。

つまり、相談できるかどうかを決めていたのは、その人が相談上手かどうかだけではなく、その人が置かれている環境との接点も重要だったんです。何ができる・できないに関係なく、一個人として尊重し合う関係がある。それが相談のベースにあった。相談することで関係は深まりますが、相談しようと思える関係がなければ何も始まらないんだ、と。

では、その「尊重し合う関係」とは何なのか。考えていたときに、ブルスティン先生(※)が尊厳という概念を使って論文を書かれているのを見つけて、「あ、尊厳だ」と思ったんですね。いまは、職場における尊厳をどう測定できるか、それが援助要請にどう影響するかを研究しています。

最近の実証研究では、はっきり結果が出ました。尊厳を感じられている人は、まず自分でやってみて、それでも難しければ相談するという、健全な助けの求め方ができている。一方、侮辱されている人は、相談したら自分の評価が下がる、という予測をしてしまう。相談した結果へのネガティブな予測は、相談することを避けることにつながっていました。(※6)

※5......ブルスティン先生=デイヴィッド・L・ブルスティン(David L. Blustein)。米国ボストンカレッジ教授。カウンセリング心理学の立場から、働くことと人の心理・尊厳の関係を研究する国際的な第一人者。

※6......道谷 里英・正木 澄江 (印刷中) . 若年就業者の援助要請と職場における尊厳 キャリア・カウンセリング研究.

「尊重」と「尊厳」は、どういう関係にあるのでしょうか。

尊重は、尊厳の一部だと思います。尊重は「他者が尊重する」という意味で使われることが多いですよね。尊厳には、他者から認められることによる尊厳と、自分で自分を認めることの、両方が入っています。尊厳の方が、より広い概念です。

道谷里英さんのインタビュー写真
インタビュアーを務めたのは、CCA理事長・平野裕之。

働く人の尊厳を、軽んじていませんか

背景には、気づかないうちに尊厳が損なわれやすい構造が、いまの日本の職場にあるということでしょうか。

そう思います。仕事がうまくいったか、いかなかったか。その結果を、個人の努力や能力の問題として説明する仕組みが、いまつくられているのではないか。でも、本当にすべてを個人の責任として問えるのか。市場の状況もあれば、任され方の問題もあるはずです。それを全部その人のせいにしてしまうと、指導のつもりが、個人を責める、侮辱するというところへ容易にすり替わっていく。ハラスメントの問題につながりやすい構造が、そこにあるのではないかと思うんです。

競争社会であること自体を、私は否定しません。ただ、いまのハラスメント対策は「あれはダメ、これはダメ」に終始していて、では、どうするのがよいのかは示されていない気がします。そもそもハラスメントがなぜいけないのかといえば、それが人権に関わることだからです。そこを飛ばして「ダメ」だけを並べても、「仕事のためなら、これくらいは言ってもいい」という感覚は変わらない。尊厳とは強い言葉かもしれませんが、それぐらい軽んじていませんか、ということを言いたいんです。

これだけハラスメントが起きてしまうのは、する側もまた、一人の人間として尊重されている実感を持てないまま働いているからではないか、とも思います。自分の尊厳が守られていなければ、相手の尊厳にも目が向きにくい。だからこそ、「仕事のため」「筋を通す」というなかに、尊厳への配慮も入れながら指導することはできませんか、と伝えたいんです。

生産性が、人間を測るほとんど唯一の尺度になってしまっている、と。

そうなんです。人を測る物差しが、一本でいいんですか、というところですとはいえ、尊厳ばかりを言うのもおかしいと思うんです。目標を達成し、存続できなければ組織は維持できませんから、目的に向かって成果を出す部分はやはり大事です。

問題は、その目的に向かう力と、人を尊重する関係と、二つのバランスなんですね。片方に偏れば、必ずどこかに無理が出る。ハラスメントが起きたり、誰も声を上げられなくなったりする職場は、この釣り合いが崩れているのではないでしょうか。

個人から、社会の構造へ。視点が広がってきたのは、いつ頃からですか。

ここ5、6年の変化だと思います。大学という枠の中でできる支援は、授業やガイダンスで、ある程度かたちにできてきました。そうなったときに、その外側が気になり始めたんです。雇用の制度や、「働くとはこういうものだ」という社会の価値観、「これは仕方ない」とみんなが我慢してしまっているもの。大学の中でどれだけ準備をしても、その外側が変わらなければ、出ていった学生たちは同じ場所で苦しむことになる。だから、学生を支援するだけでなく、その環境の側にも働きかけられる根拠をつくりたい。そのための研究をしている、というのが、ここ数年です。

大きかったのは、「ワーキング心理学」(※)を提唱したブルスティン先生のもとに、半年間行かせていただいたことですね。社会構造の視点を働くことにまつわる心理学に導入した先生なので、私が個人に問題の原因を帰属させるような話をすると、「何がそうさせていると思う?」「それによって得をしているのは誰?」と問い返される。その人の性格や努力の問題に見えていたことが、実は誰かにとって都合のいい仕組みの結果かもしれない、という見方ですよね。個人や職場内に焦点が行きがちな私を、社会構造の側へぐっと引き戻す対話をたくさんしていただいて、その姿勢そのものから学びました。

※7......ワーキング心理学(Psychology of Working)=ブルスティン先生が提唱した理論。キャリアを自由に選べる一部の人だけでなく「働くすべての人」を視野に入れ、働くことを、生計・つながり・自己決定という人間の基本的なニーズと結びつけて捉え直す。邦訳『ワーキング心理学』は渡辺三枝子先生の監訳で刊行されている。

いま進めていらっしゃる研究について、もう少し聞かせてください。

一つは、部下のキャリア自律を支援する管理職の研究です。現場でキャリア支援を担うのは管理職なのに、その管理職自身が何に困っているかは、ほとんど調べられていない。それで30人ほどにインタビューをしたところ、皆さんから「話を聞いてくださってありがとうございます」とお礼を言われてしまったんです。支援する側もまた、聞いてもらう機会を持てずにいる。管理職の支援は、いま本当に必要だと思っています。

もう一つが、ワーキング心理学の日本での実証研究です。この理論には「ワークボリション」――自分は仕事やキャリアを選ぶことができる、と思える感覚を指す概念があります。選べる余地が実際にはない人にまで「キャリア自律を」と求めることへの違和感が、私の中にずっとあるんです。日本の組織で何が起きているのかを、実証的に明らかにしたいと思っています。

今後の抱負を、お聞かせください。

私があまり長期のことを考えられない人間だというのは、ここまでの話でお分かりいただけたかと思うんですが(笑)。ただ、一番気になっているのは、やっぱり現場なんです。人々が活き活きと働き、健全な関係の中で成果を出し続けられる職場は、どうやったらつくれるのか。そのキーワードとして、いま尊厳に目が向いています。

それからもう一つ、いま組織心理学をわかりやすく伝えるための本を書いています。この分野の本には「リーダーのための」「経営者のための」とついていることが多いのですが、学部で教えていると、学生たちが「これは組織社会で生きていくために必要だ」と言ってくれる。組織を動かす側だけでなく、そこで働くすべての人のための組織心理学を書きたいんです。自分を大切にしながら組織で働ける社会をつくることに役立ちたいというのが、いまの抱負です。

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「試験のための学びではない」― これから学ぶ方へ

改めて振り返って、GCDFの学びとは、道谷さんにとって何だったのでしょうか。

講師や受講生の皆さんとの出会いも含めて、私の今のキャリアを方向付けてくれた、最初の一歩であり、原点です。ものすごく大切な経験でした。

これからキャリア支援を学ぼうとする方、GCDFを検討されている方へ、メッセージをお願いします。

まず、理論が網羅している範囲の広さです。アメリカのカウンセリング心理学のテキストをもとにつくられた、クオリティの非常に高いプログラムだと思います。そして講師陣。組織や経営におけるキャリアの意味を分かっていらっしゃる実践経験の豊富な方々が、雇用というマクロな視点も含めて「働く」を捉えたうえで登壇されている。だからこそ、ここでの学びは、他への広がりを持っています。ただの試験のための学びではない。実践につながる学びが得られるのが、GCDFではないでしょうか。

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明治時代初期の校舎を再現した、順天堂大学(本郷・お茶の水キャンパス)新研究棟の前にて。

プロフィール

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道谷 里英(みちたに りえ)

順天堂大学国際教養学部 先任准教授。博士(カウンセリング科学)。GCDF-Japanキャリアカウンセラー。

人事アセスメントツールの専門企業において営業や人事コンサルティング業務に従事した後、通信関連企業における人事およびキャリアカウンセラー、筑波大学キャリア支援室准教授、文京学院大学経営学部准教授を経て、現職。筑波大学大学院人間総合科学研究科生涯発達科学専攻修了。

※役職は取材時点

撮影/執筆:三宅弘晃

※このインタビューは2026年8月6日に実施されました。

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