キャリアコンサルタント養成講習、GCDF-Japanキャリアカウンセラートレーニングプログラム。

インタビュー

修了生インタビュー

原はら正紀まさのり

株式会社クオリティ・オブ・ライフ 代表取締役/キャリアコンサルティング協議会 常務理事・事務局長

領域を越えて『キャリアストレッチ』を実践

経営・執筆・業界振興、すべての土台にあるコミュニケーションの学び

原正紀さんのインタビュー写真

人材と組織の支援を手がける株式会社クオリティ・オブ・ライフの代表取締役として、産・学・公・個の4つの領域に事業を広げながら、キャリアコンサルティング協議会の常務理事・事務局長、大学の客員教授、国や自治体の委員、専門誌での執筆・インタビューと、いくつもの役割を担う原正紀さん。人材・情報サービスの大手企業で営業と事業立ち上げの最前線を歩み、独立後は20年以上にわたり「人材」を軸に活動の領域を広げ続けてきました。その節目、独立の直前というタイミングにGCDF-Japanキャリアカウンセラートレーニングプログラム(以下、GCDF養成講座)での学びがあります。本記事では、原さんの歩みと実践を通して、GCDFの学びが仕事・役割・組織にどう作用するのかを明らかにします。

メーカーから人材の世界へ――「自分で価値をつくる」側に立ちたかった

新卒ではメーカーにご入社されたそうですね。

大学卒業後に大手機械製造会社に4年ほどいましたが、メーカーというのはやはり技術者が主役の世界と感じていました。マーケティングやシステムの仕事は面白かったものの、自分の手で価値をつくる側に回りたいという思いが強くなっていきました。そんな折、人材・情報サービスの成長企業が通信事業に乗り出すと知人から聞き、「これは絶対に面白い」と手を挙げたんです。ところが配属されたのは通信ではなく、その企業にとって本業であるHR(求人広告)の領域でした。でも最初は興味がなかったHRの分野ですが、今ではその分野で起業して、本も10冊以上出しており、ライフワークになっています。

そこから人材ひと筋に。

入社後はずっとHR、それも一貫して大手クライアントの担当でした。東京で10年営業をして、関西の営業部長を4年、東京に戻ってIT業界・コンサルティング業界・人材サービス業界などを担当する営業部長を務めました。通信をやりたくて入った会社で人材に回された。でも、やってみたら人材分野がとても面白く、その偶然の出会い以来は、何をやるにしても「人材」が自分のベースになっていきました。

1990年、日本初の「キャリア研修」を売る

キャリアという領域との出会いは、いつ頃でしたか。

実はとても早いんです。1990年頃、当時の会社がキャリア研修を商品化しました。おそらく日本初だったと思います。自分自身が転職を経験していたこともあり、キャリアという言葉に強く惹かれて、真っ先に売りました。ちょうどリストラが社会問題になり、セカンドキャリアのあり方が問われ始めた時代です。

実際の研修もご覧になったそうですね。

キャリア研修への興味が強かったので導入いただいたある大手企業にお願いして、オブザーブさせてもらいました。そこで愕然としたんです。部長・課長クラス、40〜50代の方々が、誰ひとり自分の将来図を描けない。「私は会社に最後までいます」「この会社で頑張ります」と口を揃える。転職や独立が当たり前の環境にいた私には、このギャップが衝撃でした。キャリアというものは本当に大事だ......。そう痛感した原体験です。

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ニューヨークで、ひとりキャリア研修――30代で決めた独立

ご自身でも、そのキャリア研修を体験されたとうかがいました。

3年勤めると1か月休める社内の休暇制度を初めて使い、一人でニューヨークに行きました。知人が出張で不在のマンハッタンのアパートを1か月借り、研修プログラムのテキストやワークシートを使わせてもらって、自分で自己分析をして、妻には「研修の目玉プログラムである『妻からの手紙』を書いてほしい」と頼んで。まったくの独学で、一人きりのキャリア研修を自分に施したんです。マンハッタンの街中を歩きまわりながら、ひと月にわたり自分のキャリアを考え抜き、「いずれ独立しよう」と決めました。30歳を少し過ぎた頃です。当時はキャリアカウンセリングというもの自体が日本にはなく、相談できる相手はいませんでしたが、そのぶん自分で徹底的に考えましたね。

その自己分析で見えたものは何でしたか。

自分はいろんなことをやるのが好きなんだ、という発見です。子どもの頃の習い事や活動を振り返ると、絵、習字、英語、学習塾、野球、水泳、ボーイスカウト......あまりモノにはなっていませんが(笑)。一つを突き詰めるより、いろんなことに手を伸ばすのが好きで、それが苦にならなかった。この気づきが、いまの働き方の原型になっています。

キャリア事業の立ち上げ、そしてGCDFへ

独立の前に、社内のキャリア事業に関わられたそうですね。

独立を決めていた頃、当時の上司から「キャリア事業を立ち上げるので手伝ってほしい」と言われて、ビビッときたんです。「1年だけ」と決めて残りました。事業の立ち上げ期ということもあり、キャリア研修をはじめとして公共事業の受託(ジョブカフェの運営)、全国の人材ニーズ調査など色々やりましたね。GCDFを取得させてもらったのはこの時期です。

学びの中で印象に残っていることは。

やはりグループワークです。グループを組み替えながら、いろいろな人とキャリアについて語り合う。キャリアとは本当に多様なものだと、頭ではなく肌感覚でわかったのが大きかった。同時に、自分の棚卸しにもなりました。30代で一度、一人きりのキャリア研修をやった私が、今度は本当に独立を目前にしている。自分自身のセカンドキャリアをプランする、絶好の機会になりました。

修了したときの実感は。

一つは、キャリアに関する知識と理論が深まったこと。もう一つは、カウンセリングのベーシックなところがわかったことです。この二つが、その後の仕事にじわじわと効いてきます。

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経営コンサルティングに生きるカウンセリング

独立後の本業は、企業向けのコンサルティングですね。

GCDFの5年ほど前に中小企業診断士を取っていたこともあり、今でも企業向けの人材コンサルティングがメインです。しかし、そこで実はカウンセリングの学びが大きなプラスになっているんです。近年は中小企業庁も「伴走型支援」を掲げていて、私もプロセス・コンサルテーションを実践していますが、支援のベースにあるのは、結局のところコミュニケーション。とりわけ「傾聴」。GCDFで深めた部分が、企業支援の現場にそのまま生きています。

執筆やインタビューのお仕事にも効いていますか。

専門誌でトップインタビューの連載を20年以上続けていて、インタビューをテーマにした本も2冊書いています。相手の言葉を原稿にするとき、言葉の裏にある思いや意味は何か、もっとふさわしい表現はないか......。そこまで踏み込んで考えられるようになったのは、GCDFでカウンセリングを学んだおかげでしょうね。

インタビューとキャリアコンサルティングは、似て非なるものでしょうか。

私はインタビューを「アウトプットを前提とするコミュニケーション」と呼んでいます。記事や研究や企画として第三者に届けるために聞く。一方、キャリアコンサルティングのアウトプットは誰かのためではなく、あくまでも相手のためのものです。ここが決定的に違う。ただ、相手の言葉の奥を聴くという土台は共通しています。だから両方に効くんです。

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インタビュアーを務めたのは、CCA理事長・平野裕之。

産・学・公・個へ広がる「キャリアの掛け算」

現在の事業について教えてください。

私たちは「産・学・公・個」と呼んでいます。産業界向けには人材採用支援やコンサルティング、キャリア系・セカンドキャリア系の研修。公共では、ジョブカフェのような就労支援をはじめ、ミドルシニア支援、外国人材支援、中小企業の人材確保支援といった事業を毎年数本受託しています。大学・教育機関ではキャリア形成支援や就職支援のプログラム。個人向けには「生涯プロフェッショナル」といって、ミドルシニアの方に登録いただき、研修や企業とのマッチング、顧問としてのご紹介を行っています。社員は20名ほど。ほかに、インターンシップ支援と外国人留学生支援のNPOを2つ、仲間と立ち上げました。高知大学の客員教授は10年以上、筑波大学の講師も5年ほどになります。

それだけの広がりは、どこから生まれるのでしょう。

多くが知人などのネットワークです。講演や執筆、研修講師の仕事がどなたかの目に留まり、声がかかる。そして、私がよく言うのが「キャリアの掛け算」です。何かをやりながら別の領域に踏み込むと、その掛け合わせで新しいポジショニングが生まれ、また違う話が舞い込む。高知大学とのご縁も、関西の営業部長時代に「就職の話を聞きたい」という先生と意気投合し、講演に呼ばれ、非常勤講師になり、客員教授になり――というつながりの連続でした。仕事はいろんなところにあるんだな、と改めて実感しましたね。私は一つのことを続けると飽きてしまうたちで、新しいものが出てくると、大変でも自分が活性化する。興味が続くんです。

「キャリアストレッチ」と三つの健康

キャリア理論でいうと、どの考え方がご自身に近いですか。

プランド・ハップンスタンス(※)ですね。あれは自分にぴったりだと思います。好奇心を優先していろいろやっていくと、そこから新しい種が生まれ、気がつくと自分がそれを取り込んでいる。私はこの働き方を、勝手に「キャリアストレッチ」と呼んでいます。パラレルキャリアという考え方に近いけれど、無理してでも広げていくこととは少し違います。領域をまたいで新しい分野へ踏み出すと、これまでやってきたこととの掛け算で新しいものが生まれる――そのストレッチの面白さです。いま原稿を書いていて、いずれきちんと理論立てて発信したいと思っています。

※プランド・ハップンスタンス理論:米国の心理学者クランボルツらが提唱したキャリア理論。キャリアの大半は予期しない偶然の出来事によって形づくられるとし、好奇心や柔軟性をもって偶然を意図的に活かすことを重視する。

キャリアコンサルティング協議会の役職も、その掛け算の一つでしょうか。

厚生労働省のジョブ・カード関連の委員を務めていたご縁で、声がかかりました。会社を経営しながらの常務理事・事務局長ですから、正直、迷いました。それでもこの仕事に大きな意義を感じ、やりたい気持ちが勝ってしまった。「週2日の実働ベースであればなんとかします」と条件を出して引き受け、その2日をどう捻出したかというと、土日です。以来、基本はずっと土日も仕事ですね(笑)

それだけ働き続けられる原動力は、何でしょうか。

私は「三つの健康」と言っています。一つは体の健康。働いていれば歩き、体を使います。二つ目は頭。働くと猛烈に頭を使いますから、いわば認知症の予防です。三つ目は心、メンタル。働いていれば人と話す。ストレスもあるけれど、喜びもある。その起伏がメンタルを鍛えてくれる。体と頭と心、三つの健康をすべてよくすることができるのが仕事なんです。だから私は生涯現役。頻度は変わっても、一生何かをやっていたいと思っています。

今後、手がけたいことはありますか。

個人的な活動では、まずは断捨離ですね。いまは正直やることだらけで、手いっぱいなので(笑)。そのうえで、やりたいことはいくつかあります。キャリアストレッチの事例を集め、理論立てて発信することや、20年以上続けてきた経営者インタビューの知見をまとめて、経営についての本を書くことなどですね。プライベートでは、学生時代に打ち込んだギターを復活させたい。バンドではなく、弾き語りのほうなんですけどね。あとは時間の捻出だけです。

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これから学ぶ方へ――人生を豊かにする技術

あらためて振り返ると、GCDFの学びはどんな存在ですか。

一言でいえばコミュニケーションです。AIの登場で、対人コミュニケーションの価値はますます高まっているじゃないですか。そこを深められたことが、GCDFの一番大きな意味だったと思います。

これから学ぶ方へのメッセージをお願いします。

キャリアコンサルタントの仕事は、「クライアントのために」が大前提です。ただ、そのための技術やスタンスを学ぶ過程で、人の人生や悩みを深く知ることは、自分にとっても大きな学びになる。人の役に立てる充実感があり、感謝もされる。非常に付加価値の高い活動であり、この技術を学ぶことは、人の人生と自分の人生の両方を豊かにすることだと思います。しかもこの技術が生きる場は、ハローワークやキャリアセンターに限りません。家族でも友人でも、先輩後輩のちょっとした相談でも役に立つ。あらゆるところで使うべき技術です。

協議会のお立場から、学ぶ方々に期待することは。

キャリアコンサルタントは8万人を超えるまでになりましたが、世の中への役立ち度も認知度も、まだ道半ばです。資格を取って「資格ホルダー」で終わるのではなく、それをベースに人と関わり、キャリアコンサルティングを実行してほしい。一人ひとりが、もっとアクティブに活動し、発信していただきたい。そして、人を支援すると同時に、ご自身のキャリアもしっかり考えてほしいのです。先の見えない変化の時代は、自分の軸をしっかりさせないと危うい。キャリアデザインというものが世の中にもっと広がっていく。そのことを、これから学ぶ方々と一緒に意識していきたいと思います。

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プロフィール

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原 正紀(はら・まさのり)

株式会社クオリティ・オブ・ライフ代表取締役、キャリアコンサルティング協議会常務理事・事務局長。企業への人財活用提案を中心に、産・学・公・個の4領域で事業を展開するかたわら、大学客員教授、NPOの運営、専門誌での執筆・インタビューなど活動は多岐にわたる。領域を越えて掛け算を生み出す働き方を「キャリアストレッチ」と名づけ、自ら体現し続けている。

略歴

1982年早稲田大学法学部卒業。大手メーカーに入社し、マーケティング、システム、営業を経験
1987年株式会社リクルート入社。HR領域で大手企業担当の営業、関西営業部長、業界担当部長などを歴任
1998年中小企業診断士資格を取得
2004年キャリア事業の立ち上げに参画。この時期にGCDF-Japanキャリアカウンセラー資格を取得
2005年リクルート退社、当初はフリーで独立し早稲田大学ビジネススクールで学ぶ
2006年株式会社クオリティ・オブ・ライフを設立、代表取締役に就任
2010年高知大学客員教授に就任(10年以上継続中)。成城大学講師(5年)、筑波大学講師も5年継続中
2014年株式会社スマートバリュー独立取締役に就任、東証2部、1部上場を果たす。
2015年一般社団法人留学生支援ネットワークを設立し理事に就任
2017年一般社団法人産学協働人材育成コンソーシアムを設立し理事・事務局長に就任
2021年キャリアコンサルティング協議会 常務理事・事務局長に就任(取材時点で約5年)
2023年日本商工会議所・東京商工会議所「これからの労働政策に関する懇談会」座長代理に就任

※役職は取材時点

撮影/執筆:三宅弘晃このインタビューは2026年7月3日に実施されました。

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